Vol.2「木々を未来へつなぐ文様デザイン」
インタビュー:デザイナー/Hyakka代表
佐々木由美子さん
聞き手:浅沼宏一
岩手の森が育んだ木々の香り。その見えない時間をすくい上げ、発酵などの技術で新しい味わいに仕上げた「木々のしずく」。樹木の香りを食品として仕立てる挑戦に並走し、商品がまとう世界観を“形”にしてくれたのがデザイナー・佐々木由美子さんである。文様は単なる模様ではなく、祈りや願いの結晶である──。
京都で1万8千点の文様に向き合い、岩手の自然の中で感性を育て続けてきた佐々木さん。今回は、木々のしずくに吹き込まれた物語と、自然と伝統をつなぐデザインの視点を伺った。
岩手から京都へ、文様に出会った原点。
浅沼:今日はよろしくお願いします。まずは、デザイナーとしての原点から伺いたいと思います。
佐々木:よろしくお願いします。私は岩手県紫波(しわ)町で生まれ育ちました。高校卒業まで岩手でしたが、進学のタイミングで京都へ行きました。入学した京都工芸繊維大学のデザイン経営工学科は、当時とても新しく、デザインだけでなくマーケティングや工学的な知識、技術も身につけられる学科でした。
浅沼:京都での暮らしはどうでしたか。
佐々木:刺激だらけでしたね。お寺や神社の建築、茶道具の佇まい、庭の陰影……“美しさ”には必ず文脈があって、それを知るとより深く見えるようになりました。あの頃の体験はずっと自分の感覚の基礎になっています。
浅沼:その後、内装材メーカーに就職されたのですよね。
佐々木:はい。プロダクトデザイナーとして、内装材のデザイン設計から、それが実際に工場で作れるかどうかの検証や営業企画まで一連の業務を担当していました。そこで、1万8千点の友禅型紙に出会ったんです。
浅沼:1万8千点、すごい数ですよね。
佐々木:勤務先は今でこそ内装材メーカーですが、創業時は着物の模様染めに使われる友禅型紙の製造・販売を行なっていたので、京都ならではというか、当時からの型紙が会社の倉庫に大切に保管されていました。無数の美しい文様が並んでいる光景は衝撃で……「こんな世界があったのか」と心をわしづかみにされました。花、菱、青海波……同じ文様でも時代によって線の太さ、リズム、構成が違う。見ていて飽きないんです。そしてそのひとつひとつに「意味」がある。ただ綺麗な模様ではなく、祈り、願い、遊びごころ……。文様が“生活の言葉”だった時代が確かにあったんだと気づきました。2008年頃から会社と立命館大学アートリサーチセンターとの型紙のデジタルアーカイブ化プロジェクトが始まり型紙研究のサポートを通じて、本格的に文様の由来に触れるようになりました。
浅沼:そこが、文様への深い興味につながったのですね。
佐々木:文様というのは、形そのものではなく「思いの結晶」なんだと。そこから文様や型紙の意味を知ることに没頭していきました。
浅沼:そして2018年に岩手へ戻られたのですね。
佐々木:三十代を迎える頃から「自然のそばでデザインしたい」という思いが強くなっていました。京都は文化の宝庫で、先人や人々の手で磨き上げられた美しさに日々触れられる、私にとって特別な場所です。一方で岩手には広大な自然があり、四季の移ろいや山の色彩がダイレクトに心を揺さぶってくれる。地方から進学し、自信を持てなかった十代の私に、恩師が「自然が一番の造形美。それに触れて育ったことを誇りに思いなさい。」と言ってくれた言葉が、ずっと心に残っていました。京都を離れるのは名残惜しかったですが、今、岩手で暮らしてみると、山を歩くだけで色彩や形に心が動きます。京都と岩手で受け取った感情をデザインに落とし込むことが、今の私にとって大切なテーマになっています。

「意味を知ると景色が変わる」文様に宿る祈り。
浅沼:文様の意味を知ると、確かに見える世界が変わりますね。
佐々木:本当にそう思います。例えば、麻の葉は赤ちゃんの健やかな成長を願う文様ですし、青海波(せいがいは)は未来永劫の平穏、鱗文(うろこもん)は再生や厄除け……。こうした意味を知ると、模様が急に“人の暮らしの中の祈り”として立ち上がるんです。
浅沼:なるほど。意匠というより、言葉に近い。
佐々木:はい。だから文様を扱うときは「その意味を理解したうえで形にする」ことを大切にしています。意味を知ると、景色が変わるんです。
浅沼:たしかに、意味があるデザインは受け取る側にも届き方が違いますね。
佐々木:文様の面白さは、伝統でありながら変化し続けているところです。江戸から明治、昭和と時代によって、線の太さや構成が変わっています。
浅沼:伝統は固定ではなく、更新の連続なんですね。
佐々木:その通りです。“今の暮らしに合うように調整されていくこと”こそが伝統の本質だと思います。

木々のしずくに吹き込んだ文様。
浅沼:ここからは「木々のしずく」のデザインについて伺いたいと思います。最初に話を聞いたとき、どんな印象でしたか。
佐々木:正直に言うと、「木を食べる?どういうこと?」と思いました。でも試飲した瞬間、その疑問より先に「美味しい、面白い!」が来ました。同時に、一般の方はもっと戸惑うかもしれないと感じて、まずは“手に取ってもらうための第一印象”を大切にしようと考えました。
浅沼:そのあたりは、まさにデザインの力ですよね。
佐々木:可愛らしさや親しみやすさを出すことで、「あ、何だろう」と手に取ってもらえる。そこから味や香りの世界に入っていける。だから最初のデザイン案は、柔らかい線や淡い色彩を中心にしました。
浅沼:実際、それぞれの文様には意味が込められていますよね。
佐々木:「イタヤカエデ」は鱗文をベースにしました。鱗文の三角形は安定と繁栄の象徴。規則的に並ぶ三角形は、小さな葉が連なっていく様子とも重なり、温かみがあります。連続すると形がクリスマスツリーのように見えて“誰かに贈りたくなる文様”になったと思います。「アカマツ」は松葉文様。二本の葉が寄り添う姿には長寿や夫婦円満の意味があります。赤松の爽やかに広がる香りと、文様のすらりと伸びる形が相性よく感じました。
「ヤマザクラ」には青海波を合わせました。青海波は未来永劫の平穏を願う文様ですが、桜の甘い香りの奥にある“柔らかな強さ”を表現したくて選び、母の日やウェディングなど、幸せを願うギフトにも使えるようにしました。
浅沼:文様の意味が、商品のストーリーと自然につながっていますね。
佐々木:木の香りという“自然の恵み”を扱う商品だからこそ、文様にも自然のモチーフを用いることで、見た瞬間にやさしさや物語が伝わるようにしたいと思いました。また、老舗の醤油店である浅沼醤油店さんの伝統性を踏まえ、可愛さと品格のバランスも大切にしました。木の香りが人の記憶や感情を動かすように、文様も心に触れる力を持っています。だからこそ、木と文様の相性を一つひとつ丁寧に考えました。

ヒマラヤの景色と岩手の森、自然が育てる感性。
浅沼:文様の背景には、自然の観察が大きく影響しているように感じます。
佐々木:岩手に戻ってから山に登る機会が増え、自然は私にとって“教材”になりました。紅葉のグラデーション、風の冷たさ、木肌の質感──写真では再現できない感情があるんです。
浅沼:私も自然に心を揺さぶられた経験があります。ヒマラヤに行ったとき、丘を越えた瞬間に、雲海の上から尖った峰が突き上げてくるように現れて……言葉が出ませんでした。あの景色を前にすると、“生きるってこういうことか”とさえ思いました。
佐々木:そのお話、すごくわかります。自然の力は圧倒的ですよね。でも、その圧倒的な何かが、人にとっての“感情の拠りどころ”にもなる。木々のしずくに携わるようになって、岩手の木の香りからも同じような深さを感じるようになりました。
浅沼:木材市場を一緒に見学したとき、丸太の断面を「バームクーヘンみたい」と言っていましたね。
佐々木:広大な敷地に豊かに広がる樹種。また、年輪の違いってその木が生きてきた証ですよね。太さ、色、香り……一本一本が違う。まるで人の人生みたいで、すごく愛おしく感じました。木々のしずくの文様は“自然が歩んだ時間”を可視化する役割を持てたらいいなと感じています。

林業も、醸造も、デザインも。未来に向けて手を加えていくということ。
浅沼:今日は自然と文様、デザインと生活のつながりについて深く知ることができました。
佐々木:京都での暮らしと文様の研究に携わって感じたのは、「伝統は守るものではなく、育てるもの」ということでした。形を少し変え意味を少し整え、今の暮らしに合うように手を加えていく。そうすることで文化は次の世代につながっていきます。
浅沼:林業の中崎会長が同じようなことを仰っていました。伐って、植えて、育てて、手入れして──自然に任せるだけでは森は続かない。人が関わり続けることで、はじめて循環が生まれ次の世代につながると。醤油づくりも同じで、受け継いだ技術を時代に合わせて更新し未来に手渡していく営みです。
佐々木:伝統文様もまさに同じです。意味が掘り起こされ、価値が見出されないと、お正月のパッケージなどに和の雰囲気を出すためだけの古い模様として使われるだけになってしまいます。伝統文様は過去の一時期に生まれた遺産ではなく、時代の暮らしに合うように少しずつ形を変えながら受け継がれてきました。過去を全て否定するのではなく、「今」を生きる人たちの感性や価値観に合うよう手を加えて、未来へ渡していくことがデザイナーとしての私の仕事だと感じています。
浅沼:自然も文化も、そのままでは続かない。誰かが関わり、手を入れ、小さな変化を積み重ねることで未来へ橋がかかる。木々のしずくも、文様も、森も、醤油蔵もすべて同じですね。
佐々木:デザインもそうです。今ある価値を丁寧に見つめ直し、現代の生活に合う形に調整していく。文様も木の香りも、伝統的なものだからこそ“今に合わせる工夫”が欠かせないんだと思います。
浅沼:今のお話、木々のしずくの取り組みにそのまま重なりますね。
佐々木:自然とともにある岩手だからこそできるデザインがあるし、浅沼醤油店さんの歴史があるから生まれる香りがあります。木々のしずくが“森を感じる小さな入口”になり、手に取った方の暮らしがすこし豊かになるよう願っています。
浅沼:今日はありがとうございました。未来に手渡すモノづくりのヒントを、たくさんいただきました。佐々木:こちらこそ、ありがとうございました。
伝統文様が用いられた「木々のしずく」パッケージデザインの特集ページはこちらから
>木々の文様デザイン

佐々木由美子さん
デザイナー・クリエイティブディレクター/Hyakka代表