Vol.1「森と暮らしの未来を考える」全国森林組合連合会代表理事会長 中崎和久さん
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Vol.1「森とくらしの未来を考える」

インタビュー:全国森林組合連合会代表理事会長
中崎和久さん
聞き手:浅沼宏一

私たち、浅沼醤油店が開発した新シリーズ「木々のしずく」。食品発酵技術と岩手産木材との新たなコラボレーションとして挑戦した商品です。その開発を経て、弊社代表・浅沼宏一が知り会った、全国森林組合連合会代表理事会長・中崎和久さん。そこで、森林のプロフェッショナルである中崎和久会長へのインタビューを通して、森林環境の今と未来について、私たちができることを考えてみたいと思います。お話を伺って感じるのは、岩手の森林が秘める豊かさと未来への可能性です。


森は、手をかけて守るべきもの。

浅沼:幅広い視点で森林事業に携わる中崎会長に、まず、日本の森林や環境についてお話を伺っていきます。今日はよろしくお願いします。

中崎:そうですね。まず、なぜ、山や森が必要か。森林資源活用や循環型社会という言葉が広まって久しいですが、山はただ自然に任せておけば美しい森になるわけではないのです。伐採したら終わりではなく、伐採後に切り株から育った芽を間引いて間伐をしないと木は痩せていき、大木に育たない。山全体の質が落ちていくことになるのです。「森を守る」とは、伐らずに放置することではありません。森林を未来に残すには「手をかける覚悟」が不可欠といえます。

浅沼:本州一の森林面積を誇る岩手県は、広葉樹が豊かだと言われます。それも「人の手」あってのことですね。

中崎:岩手県は古くから木炭の産地でしたが、炭焼き職人たちは、炭焼き小屋を建てて山で暮らしながら木を伐採して歩きます。そして、木を切った場所から出てきた芽を間引いていく。翌年はそこから移動して伐採、数十年後に美しい森になるように手入れをして巡っていました。20〜30年単位で伐採と再生を繰り返す循環が生業の中にあったんです。

浅沼:そういうことは、なかなか社会で教えられませんね。

中崎:山は「手をかける」ことで初めて次世代に引き継げます。手を加えないと、森は鬱蒼とした野生動物の棲家となっていくんですね。白神山地や知床半島は世界遺産に登録された貴重な原生林です。でも、羽を広げると幅が2〜3メートルもあるイヌワシやオオタカにとっては森の中に入っていけないので生息環境としては厳しい。一方、岩手県中央部に位置する北上山地は、草地があるので彼らも餌を捕獲しやすく、大小さまざまな野生動物が生息しています。人間も自然の一部として草地を整備し、野生動物と人間それぞれの生息領域を守っていくことが大事です。我々は、先人がやってきたことの価値を、もう一度見直す時期に来ているといえます。


森のテロワールとして、土地の物語を届ける。

中崎:世界を見渡しても、日本ほど植物や樹木が豊かな土地はありません。ヨーロッパは氷河期に森林の多くが絶滅してしまい、広葉樹は30種類ほどになってしまいました。標高によって生息する樹木が決まっていて、高山は岩山が多く何も育たない。その下に牧草地があり、さらに下のエリアでは水が確保できないためブドウを植えて水源不要のワインを製造する文化が発展したんです。

浅沼:森林資源の個性は、生かし方次第で地域ブランドになっていくのですね。

中崎:日本の豊かな森林資源の中でも、岩手の木材はあちこちで素材として使われています。岩手のサワグルミ材が世界的バドミントンラケットメーカーに20年以上も使われているのは有名です。同競技アスリートの9割が同社のラケットを使っているそうですから、世界のアスリートを岩手県産材が支えていると言っても大袈裟ではないはず。また、「養命酒」の原材料のクロモジは岩手が貴重な供給源ですし、京都祇園祭を彩る大船鉾の土台部分にも、岩手のアカマツが使われています。


浅沼:今回、県産木の香りを抽出した「木々のしずく」シリーズ開発にあたって、岩泉町の木材会社にアカマツのチップを提供いただきました。その社長さんがおっしゃった言葉が印象的です。「アカマツは太さによって香りが違うんだ」と。その方も子どもの頃からずっと木材に関わってきた方。直径30センチほどの太い樹木になってくると、マツヤニがたまってふわっと甘く香るそうなんです。樹種や太さで一本ごとに表情が違う森林の香りは、いわば「育ちの履歴書」。アカマツという総称で捉えるのではなく、どんな環境でどんなふうに育ったかという個性の重要性を再認識しました。ワインでいう「テロワール」という考え方は、森や木々にも通じるもの。私たちが地域の木を「木々のしずく」に表現することは、土地の物語を伝えることなのだと、使命を感じています。

中崎:岩手の森は、まだまだ底力を秘めています。浅沼さんは、岩手県産材の香りを生かした食品開発に挑戦していますが、それは我々森林関係者にとっても非常に嬉しいことなんです。

浅沼:ありがとうございます。心強い言葉です。せっかくですから、今日は「木々のしずく」シリーズの「アカマツジンジャーシロップ」を味わってください。「香り」や「味わい」から、岩手の森を感じられると思います。

中崎:さわやかで、岩手らしい森の景色を想像します。岩手の特定エリアで採取される、ここでしか味わえないアカマツの香りですね。浅沼さんの挑戦は楽しく、これからどんなストーリーが生まれるのかワクワクしています。私の地元である葛巻(くずまき)町周辺では、木を伐りだす際に山ブドウの蔓を切るのが大変でした。そこで負をプラスに転換すべく、山ブドウを素材にしたワインをつくってみたのですが、最初は酸っぱくて渋くて飲めませんでした。品種改良を重ね、国税局と掛け合って免許を増やしたり、地道に商品改良をしながら産地をつくってきた経緯があります。先人に感謝しながら、自分たちなりの覚悟で次につなげていく挑戦が必要です。


自然と関わる原体験が育む、知恵と文化。

浅沼:かつて、子どもたちにとって森は遊び場であり学び場でした。今、お話に出たように、中崎会長は岩手県北の葛巻町ご出身でしたね。豊かな自然が身近な存在だったと思います。以前、子どもの頃は森でサルナシをとって食べたという話をされていましたが、そういう原体験の積み重ねが幼少期の印象的な思い出になります。だからこそ、森の価値や変化を体感なさってきたのでは?

中崎:サルナシの実はキウイに似た味でね、地域の自然と暮らしをつなぐ身近な食べ物の一つ。自然との関わりは私たちにとって日常でした。自然の中で遊び、木の特性や昆虫の生態など自然に学んでいましたが、現在はさまざまなリスクがあるため禁止事項が多く、自然から学ぶ機会が減っています。とはいえ、子どもたちが自然との関わりを通じて成長するので、もっと自然体験の機会が欲しいものです。浅沼さんも、生活の中にそういう原体験があるでしょう?

浅沼:生活環境で言えば、私の家は代々盛岡の中心部で醤油屋を営んできました。幼い頃は近所に八百屋さんや布団屋さんなどいろんなお店があって、同級生も家で商売している人が多かったんです。盛岡市中ノ橋通140メートルの間に、醤油屋さんが4軒もありました。その頃は醤油業界も元気で活発だったと思います。祖父の時代は醤油1本3,000円ほどの価値があったようですね。昔は大豆や小麦を栽培していたのですが、そのまま提供するより醤油にした方がみんなに喜んでもらえるし、商売になると思って始めたようですね。祖父の時代、全国に1万以上ほどあった醤油醸造会社は、現在2~300社にまで減っています。

中崎:私の実家も、昔は自家製味噌や醤油を常備していました。醤油屋さんが、毎年一升瓶に10本ずつ持ってくるんです。それを家々の樽や蔵で貯蔵する過程で家庭の味になっていく。今は、醤油が万能調味料として画一的な味になりつつありますが、蔵それぞれの個性があるからこそ面白いですね。

浅沼:父の時代は、車で1時間以上もかけて八幡平の松尾鉱山まで2トンラック一台分の醤油を配達していました。中崎会長が話されたように「家庭の味噌醤油」っていうのがあって、かつては、味噌も醤油も、今よりずっと個性が強かったんですよね。

中崎:そういう地域ごとの食文化が結構ありました。

浅沼:逆に今はクラフトビール醸造所が増え、全国で800を超えるほど増えてきているとか。その土地で採れるものを探求し、「何かできるんじゃないか」というビール業界の挑戦の意思も聞こえてきそうです。気候条件に適応しながら試行錯誤してきた積み重ねは、業界を問わず今につながっていると感じます。

中崎:森林の多様性は、そのまま地域文化の多様性に通じます。これだけ多種多様で価値ある木がたくさんある岩手の環境は当然ではなくて、先人が残してくれたもの。地域、山の状況によって樹木の強度も全然違い、香りも全然違うでしょう。私の出身地である葛巻高原のカラマツは寒暖差(-20〜35℃)で木目が締まり、強度も香りも濃縮されます。2007年に「岩手くずまき高原カラマツ」の商標登録をしたのですが、特許庁から「どのエリアで生産されたものか?」と問われ、「葛巻町で一番高い山から見える範囲全部です!」とお伝えしました。

浅沼:見える範囲全部という考え方が、面白いですね。

中崎:それによって、葛巻町に限らず隣接市町全てが連携して「岩手くずまき高原カラマツ」を発信することができるようになったんです。取り組みとして広がりが生まれました。

が、最初は酸っぱくて渋くて飲めませんでした。品種改良を重ね、国税局と掛け合って免許を増やしたり、地道に商品改良をしながら産地をつくってきた経緯があります。先人に感謝しながら、自分たちなりの覚悟で次につなげていく挑戦が必要です。


先人の築いた森の価値を、次世代に伝える。

中崎:ヨーロッパでは、落葉針葉樹であるカラマツ林を「妖精の住む森」と呼んでいるのを知っていますか?春になると、徐々に黄緑色が濃くなり、秋には美しい金色に染まる。そして冬には葉を落としてしまいますが、春から秋の間だけカラマツには妖精が住むというのです。そんな考え方を聞き、とても心が豊かだなと感じました。時代をさかのぼれば、文明発祥は鬱蒼たる森の中。今の自然環境は、豊かな森があってきれいな水が維持されて、それが豊かな田畑を潤し、そこからまた栄養分が海に流れて海生生物が豊かになり、その循環を繰り返した賜物です。先人の努力のおかげで、今の我々があるということを、きちんと理解し、次に伝えていく取り組みをしていかなくてはいけません。

浅沼:自然の恵みをどう活用するか。教育事業においても、未来につなげるための活動に力を入れ、自然と食と暮らしを深く知るワークショップなどがあればいいですね。

中崎:私たち森林組合は「守りながら使う」仕組みを、地域に根づかせる役目があります。たとえば、製紙会社や地域と連携して再生利用を考え、利益を災害対策に活用し、森を循環的に利用することにも取り組んでいます。森林整備は「いまの自分たちのため」ではなく、20年、30年後の人のため。さらに、深く知識を掘り下げる学びと経験、文化的なストーリーと合わせて、次世代を担う子どもたちに伝えていくのが、私たちの役目ですね。

浅沼:本当にそう思います。「植林」「枝打ち」「間伐」などの営みは、次世代への投資そのもの。森の手入れは地域に雇用も生みます。木を使うことで森は若返り、新しい命が循環していく。「木々のしずく」開発も、切る→植える→育てる→使う→還す、世代を越える循環を前提に、森林組合・地域の生産者・蔵が連携していきたいと考えます。過剰な伐採ではなく計画的な手入れを通じて、次の森づくりが進む仕組みを育てていきたいですね。寒暖差や地形、樹種の違いを“香り”として活かし、土地の個性をブランディングいくことが大事。我々の100年以上にわたる発酵技術と設備を生かし、日本の森を感じられる商品を未来につないでいきますので、これからもパートナーとしてよろしくお願いします。今日は貴重なお話をありがとうございました。

中崎和久さん

全国森林組合連合会代表理事会長

プロフィール/岩手県葛巻(くずまき)町出身。長らく葛巻町森林組合長を務め、2011年に岩手県森林組合連合会代表理事会長就任。2021年まで葛巻町議会議長を務める。2021年より全国森林組合連合会会長に就任。
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